経歴
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| 1930年12月24日生 東京都出身 |
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| 1953年 | 富士工業(現 富士重工業)入社。 群馬県太田工場にてハリケーンオートバイ、ラビットスクーターなどの設計を担当。 |
| 1966年 | 4輪車スバル1000の開発に携わる。 |
| 1967年 | 富士重工業 初代企画本部商品計画課長に就任 以後、商品計画部長、初代輸出部品部長を歴任。 |
| 1978年 | 初代米国駐在技術代表として渡米 |
| 1980年 | 帰国後、海外技術部長、海外サービス本部長を歴任 |
| 1985年 | 取締役技術副本部長に就任 |
| 1986年 | 取締役自動車開発部門担当 |
| 1988年 | スバルテクニカインターナショナル株式会社設立と同時に初代代表取締役社長に就任し、1997年には代表取締役会長、その後、相談役(1999年)、顧問(2000年)などを経て2002年に退任。その間、以下のように数々の功績を残した。 |
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| 1988年 | レガシィでFIA 10万km世界速度記録を樹立。 |
| 1990年 | WRCにシリーズ本格参戦を開始させ1993年のニュージーランド・ラリーで初優勝を獲得。1995年、マニュファクチャラーズ&ドライバーズ(コリン・マクレー)のダブルタイトルを獲得し、1995年、1996年、1997年と日本車で初めての3年連続マニュファクチャラーズ・チャンピオンに導いた。 |
| 1993〜1994年 | 2年連続でAPRC(アジアパシィフィックラリー選手権)マニュファクチャラーズ&ドライバーズチャンピオン(93年 コリン・マクレー、94年 ポッサム・ボーン)獲得。1996年にはAPRCドライバーズチャンピオン(ケネス・エリクソン)を獲得。 |
| 1992年 | レガシィ・ツーリングワゴンSTiバージョンを皮切りに、インプレッサWRX-RA STiバージョン、WRX STiバージョンII、WRX STiバージョンIII、インプレッサ22Bなど数々のSTI特別仕様車の開発・生産および販売に貢献した。 |