2005.03.10
訃 報
SUBARU WRC活動の立役者として多大な功績を残した
STI初代社長 久世隆一郎逝去
氏名:久世 隆一郎 ( くぜ りゅういちろう )

元富士重工業 取締役スバル技術本部副本部長
スバルテクニカインターナショナル(STI)初代社長
3月9日午後9時30分、転移性肝臓癌のため、昭和医大横浜北部病院(横浜市都筑区茅ヶ崎中央35−1)で死去。享年74歳。
通夜は、3月12日(土)午後7時から8時まで、瑞輪寺(東京都台東区谷中4−2−5)で行う。
葬儀・告別式は3月13日(日)午前11時から12時まで、同所で行う。
喪主は故人の奥様の久世 喜代 ( くぜ きよ )様。

経歴
1930年12月24日生 東京都出身
1953年富士工業(現 富士重工業)入社。
群馬県太田工場にてハリケーンオートバイ、ラビットスクーターなどの設計を担当。
1966年4輪車スバル1000の開発に携わる。
1967年富士重工業 初代企画本部商品計画課長に就任 以後、商品計画部長、初代輸出部品部長を歴任。
1978年初代米国駐在技術代表として渡米
1980年帰国後、海外技術部長、海外サービス本部長を歴任
1985年取締役技術副本部長に就任
1986年取締役自動車開発部門担当
1988年スバルテクニカインターナショナル株式会社設立と同時に初代代表取締役社長に就任し、1997年には代表取締役会長、その後、相談役(1999年)、顧問(2000年)などを経て2002年に退任。その間、以下のように数々の功績を残した。
1988年レガシィでFIA 10万km世界速度記録を樹立。
1990年WRCにシリーズ本格参戦を開始させ1993年のニュージーランド・ラリーで初優勝を獲得。1995年、マニュファクチャラーズ&ドライバーズ(コリン・マクレー)のダブルタイトルを獲得し、1995年、1996年、1997年と日本車で初めての3年連続マニュファクチャラーズ・チャンピオンに導いた。
1993〜1994年2年連続でAPRC(アジアパシィフィックラリー選手権)マニュファクチャラーズ&ドライバーズチャンピオン(93年 コリン・マクレー、94年 ポッサム・ボーン)獲得。1996年にはAPRCドライバーズチャンピオン(ケネス・エリクソン)を獲得。
1992年レガシィ・ツーリングワゴンSTiバージョンを皮切りに、インプレッサWRX-RA STiバージョン、WRX STiバージョンII、WRX STiバージョンIII、インプレッサ22Bなど数々のSTI特別仕様車の開発・生産および販売に貢献した。

SUBARUワールドラリーチーム(SWRT)は、久世隆一郎の功績を称えるとともに喪に服する意味も込めてチーム員全員がアームバンドをつけ、3月11日から開始されるWRCラリー・メキシコに挑む。そして、ラリースタート日時の11日、8:30(日本時間23:30)には黙祷をささげる。また、このラリーがデビュー戦となるインプレッサWRC2005には「Tribute to R. Kuze」のステッカーが貼付される。
上記に関するお問い合わせ先
スバルテクニカインターナショナル株式会社
TEL : 0422-33-7848